ザ・ライフ・オブ・ワタシ

平凡の中の華やかを

捨てられない人

物を捨てるのが苦手だ。

手帳のポケットには思い出の品がこれでもかというほど詰められている。ライブのチケット、お寺の拝観券、ムビチケ、そしてこればかりはどうかと思うが、名刺までもがそこに居を構えている。つい昨日も小さな罪悪感を抱えながら、大阪旅行で使った一日乗車券をそっとポケットに忍ばせたばかり。

ミニマリスト」「断捨離」

ここ数年でそんな言葉を頻繁に聞くようになった。例に漏れず私もミニマリスト的生活に移行しようと挑戦したのだが、それから3~4年経った今も目に見える成果は得られていない。「ものを少なく持つ」ということの美徳は古くから語られてきており、こんまりが生まれる遥か昔から「取捨選択」という言葉は生活の知恵として受け継がれてきた。

本当に好きなもの、必要なものだけを得て、大切にする。その一つ一つに愛着を持って向き合い、ものに囚われない豊かな生活を送る。ミニマリズムを提唱する雑誌やブログが言っていることのほとんどはこういった趣旨のことだ。そういう生活に憧れる人は多いし、やっぱりいいな、と思う。

しかし、試せど、試せど、私にはどうしても実行できない。思うに、自信のなさがものへの執着を生んでいる。物体を所有することで、目に見えない能力や経験を補おうとする。なんて悲しい作業!この多かろう良かろう、という性格は例えば人間関係やパソコンのタブの数にも出ている。もちろん本一冊を捨てようにも「この本は何歳の頃に読んで…。」などと余計なことを思い出しては、いちいち思い出に耽ってしまう。結局、小学生時代から溜まった大量の本やCDは蓄積していく他なく、今日も築50年の木造二階建て住宅を圧迫し、床を軋ませている。

そんな私だが、後期に入ると長らく低空飛行を続けていた精神状態が大幅に改善した。夏休みは英語の勉強のために籠りがちな生活を送っていたが、やはり人と関わるということは大切だ。その結果、ものに執着せずとも楽しく毎日を過ごせるようになってきた。ひどく気紛れな性格なので、どうせこの調子も長くは続くまい。今のうちに思い切って、大量のCDや本たちを売ってみようと思う。

一度リセットされた状態のなか、ものと対峙する豊かな生活を送る。そんな憧れを胸に抱いてみる。夢を見るのは自由。