わたしの華やかな日々

平凡の中の華やかを

阿部芙蓉美を聴かせて周りたい

「辛いときこそ頑張れ」といえば苦境に陥った人を鼓舞するための常套句のひとつ。そして同時に、自分の嫌いなフレーズ上位の決まり文句でもある。

 

頑張って成功すれば、辛い時期も一転して美談となり得るけれど、実力が足りず失敗してしまったら。立ちはだかる壁があまりに高すぎたら。

「頑張る」という抽象的な言葉を真に受けすぎたがあまりに、取り返しのつかない事態に陥る人々もいるだろう。過労死とか、そうさせる環境が存在していることが怖い。

 

 だから、頑張れる場面でも、あえて頑張らないのも一つの手なんじゃないか。頑張らなかったことで逃すチャンスもあるかもしれないけれど、努力のし過ぎで死ぬよりはマシだ。死ななければ生きている。貪欲に視界に入るもの全てを得ようとするのもアリかもしれないけれど、何かを諦めて生きていくのもまた人生だ。

 

そんな生き方を歌の力で肯定してくれるのが、阿部芙蓉美。 

 

 

「いまは希望のうたを うたわなくていいよ」

このたった一行で救われる人がどれだけいるんだろう。

 

「努力しなければならない」という強迫観念から私たちを救い出し、逃避を肯定してくれる。「頑張らない強さ」を見せてくれる。

 

歌詞だけじゃない。どこか気の抜けた歌唱、凛とした佇まい、その全てが完璧だ。

誰もが内に秘めているであろう孤独感を一様に理解し、解いてくれる。こんな曲が世界に存在していることに感謝したくなる。「希望のうた」感謝祭を開きたい。

 

リリースは4年前に発表したEP以来ないし、月に1度ライブがあるかないか、といったスローな活動ペースだけど、それもなんだか彼女らしくていい。

もし「希望のうた」を気に入ってくれた人がいるのならば、ぜひ他の曲も聴いてみてください。めっちゃいいよ。

 

ブログを書きます

久々にブログをはじめようかと思う。

なんて言うけれど、思い立ったのは恐らく7月の始めごろ。「2018年上半期ベストソング」を下書きまで書いたはいいのですが、燻らせていたらもう9月ですよ。早い、早い。

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もう日の目を見ることもないであろう例の記事

小中学生のころはAmebaなんかが流行っていて、みんなブログを書いたり、仮想空間で野菜育てたりしてましたよね。懐かしい。

あの頃から気づけば7年くらい経っていて、もうブログの書き方なんてすっかり記憶の彼方。「だ・である」調で書くべきか、「です・ます」調で書くべきか、なんてことで何週間も迷ってますが、まだ答えは出ていないので、そのうち決まっていくんじゃないでしょうか。

何を書くかも、はたまた、ちゃんと続くのかも分からないこのブログ。たまに覗きに来てくれたら幸いです。あ、見なくても大丈夫よ。